映画制作でご無沙汰しました
ながい、ながいご無沙汰でした。
この一年の出来事をお知らせいたします。
あまりにも沢山の出来事がありましたので、今回は一つだけお知らせいたします。
まず、一番ショックを受けた出来事、母親が逝きました。
幾つになっても親の死というものはショックな出来事です。
しかし、そのことで霊界というか、人間は死んでも魂は存在するのだということがハッキリ認識できました。
そのような現象が起こりました!
そしてまた、人間は自分の死を予知できるのだということも分かりました。
母が死ぬ二日前に、私に話がある、これが最後の機会である……、と云い1時間半ほど話し込みました。それが土曜日の夜であり、母が逝ったのが月曜日でした。
それまで高齢ではありながら亡くなるような体調ではなかったので、家族は呆然とするばかりではありました。
一周忌の法要が終わった今でも、あの夜の会話ははっきりと覚えております。
最近頓に記憶力が衰えてきた私にしては不思議なことです。
それからです!
不思議なことが立て続けに起こりました。
会話の中で、妣が私に望むことをいくつか託していきました。
その中には到底実現不可能な望みもありました。
写真家であった妣は、俳優から同じ写真家になった祖父の夢「映画制作」について希望があるということを語りました。
能力的にも資金的にも到底無理な話です。
ところが、それから恐ろしいことが起き始めました。
私に、映画制作に必要な資金とスタッフが揃い、創るべき映画の題材さえ提供されたのです!
そればかりか、異なる世界に足を踏み入れ始めていたことからも逃れることができたのです。
それが決定したのは、なんと妣の49日法要を営んでいる、まさにその時だったのです。
不思議な出来事はそれからも次々と起こり、あれよあれよというまに映画制作に入り、とうとう今年の4月にはクランクアップしてしまいました。
現在編集中ですが、大勢の人々の協力を得て映画完成まで漕ぎつきました。
200人を超す仲間の応援を得て、素人の私がなんと「統括プロデューサー」という大役を成し遂げてしまったのです。
おまけに、主題歌の作詞までまかされたのですが、指導霊が降りたとしか思えないトランス状態になり完成させることができました。
来る12月3日から公開される予定の映画は、明治時代に浅草の六区歓楽街をつくった二人の筑波人の物語です。
題名は「(仮)浅草・筑波の喜久次郎」と名付けました。
主演は松平健さん、ジャニーズの長谷川純さん、脇を固めるのが田村亮さん、星由里子さん、秋吉久美子さん、新人の女優さん、水町レイコさん、……。
そしてそして、なんと北島三郎御大がじつに32年ぶりに映画出演を快諾してくれました。
16才のアイドルグループから御大まで実に多様なキャストとなりました。
権利の関係で今はまだ写真など詳しいことをアップすることはできませんが、試写会が始まり、TV(日本テレビ系)で番宣などが始まる頃、このブログでも詳しくお伝えすることが出来ると思います。
このほかにも沢山の不思議が起こり、まさに驚天動地の心境です。
それらの不思議は、氣功教室などで少しずつ披露していくつもりですが、今月ある神社に行ってきてから、許されるならこのブログでも公開していきたいと考えております。
ともあれ、この世は不思議だらけです。
以前には疑心暗鬼になったであろう事柄も、今では裏打ちできる根拠を持って披露できるようになりました。
出来るだけ多く、このブログを更新したいと望んでおります。
むらさき山哀歌(エレジー)
作詞 佐藤重樹 作曲 新田目聖子
遙かに霞む 北の山 まるで私を 見守るように
恋に敗れて 夢破れ 乱れる心に しずり雪
時を愛して 傷つくときも 安らぎとどく 遠くから
悲しいことも 苦しみも 岩で砕いて 男女ノ川
もう一度 もう一度 むらさき山に 生まれたい
山眠るとき 筑波山 永遠に夢見る 女山
南に望む 富士の山 巣立つお前を 導くように
ひかりが消えて 迷い人 はなかき心に 梅の雪
時を愛して さまようときも 命燃やして 振り向かず
嬉しいことも 思い出も せせらぎにのせ 櫻川
もう一度 もう一度 むらさき山に 戻りゃいい
山笑うとき 筑波山 陰で支える 男山
万葉の 山に抱かれて 桜池
遙か輝く 霞浦の水
絆の愛に 結ばれて
桜吹雪を 歩きます
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