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2013年5月

2013年5月31日 (金)

夢の物語 6

  残念なお知らせです。
  この夢の物語は完全なフィクションとして書いてきましたが、最近異質なエネルギーが入り込んできました。
  このまま続けると、単なる自己顕示欲を満たすだけの話か、デマを飛ばすだけの内容になってしまいそうです。
  ある人と相談した結果、この異質なエネルギーを排除するか、打ち勝つ力を獲得してから続けたほうが良いという結論になりました。

  私がこの文の中で言いたかったことと、まったく違う力が働き始めたということ……、これがどういうものなのかも見定めたいと考えております。
  この物語の中にそれとなく書き込んだ「少しの真実」が、何かを刺激したに違いありません。

  出来るだけ早く再開できるよう頑張ります!

 皆さんにオッと思わせ、ニヤリとさせたいことがありますので ……
 

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2013年5月16日 (木)

夢の物語 5

  実は、頼光さんの驚愕の話は電車の中で語られました。
  秋葉原に来たもう一つの理由……。
  それは「つくばエクスプレス」に乗ることでした。
  目的地はもちろん終着駅の「つくば」
  なるほど……、頼光さんが私のところに現れた理由が分りました。
  私の出身地が筑波なのです。
  私を案内人にするために選んだに違いありません。
  事実その通りで、頼光さんは筑波のある地名を上げ、そこに連れて行けというのです。
  私は不思議な気持ちに襲われました。
  というのも、その場所は以前私が建設業に就いていたとき、ある大手ゼネコンの下請けとして工事に携わった場所なのです。
  不思議な、大がかりな工事現場であったことが印象に残る場所です。
  当時、何故このような工事が必要なのか不思議に思ったことがありました。
  それほど常識はずれに思われる工事だったのです。
  今、約40年ぶりにその地を訪れることにかなりの興味をかき立てられました。

  でも……
  あそこは国の研究機関であり、行っても内には入れないのではないか、という疑念も浮かびました……。
 

 
  頼光さんの驚愕の話は、つくばまで小一時間の電車の中で語られました。
  今夜もあまり時間がないので(最近かなり疲れ気味で、免疫力が下がっており、時間を少し睡眠に当てようと考えておりますので)次回からお話しする頼光さんの話の項目だけを並べておきます。

  ・人間の不思議
   恐竜は1億5千万年の時間をかけて地球上に君臨していたのに進歩はあの程度であった。しかるに人類はたかだか12万年(発生したといわれる年月を入れても数百万年程度)でここまでの進化を果たし、宇宙の存在を知覚するまでになったのは何故か?

  ・人類の進化に手を貸した存在がある。それは日氏と月氏。

  ・我々地球人に訪れようとしている大カタストロフィ!
  頼光さんの仲間が見たという無残な地球の姿になるカタストロフィが再び起ころうとしている。
  
  ・歴史は繰り返されるという、それは真実で新しいものなどこの世には無い。全てが一度起きたことの繰り返し、焼き直しとして現れる。
  
  ・生物でさえそうである(現在のほ乳類の虎や象などとそっくりの「は虫類」の化石が発見されている)

  ・しかし次のステップに進むために、時空軸を変えることが必要であり、そのための新しい人類はすでに誕生している。

  ・地球人類が新ステップに進むための援助をする勢力と邪魔をする勢力がある。

  ・次のステップに進める人類は数億人だけである。

  ・ある国、ある人種は、自分たちだけが次のステップに進もうと画策している。

  ・我々「地上人」は、人類は地球上唯一の知的存在と思っているが、実はもう一種類の人類が存在する。

  ・その人類の特徴は、緑の髪、緑の眼を持ち、肌の色は薄いピンク色で非常に美しい。

  ・その緑人の知能は人類とほぼ同じで、性格は大変穏やかである。

  ・我々現世人の中にも、緑人のDNAを持つ人類が存在する。日本人である!

  様々な知識を要素として植え付けられ、私はつくばの地へと到着しました。
 
  そこで起こるであろう驚きの出来事を予感しながら……。
  

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2013年5月 7日 (火)

夢の物語4

  秋葉原駅で下車し、電気街をブラブラ歩き始めました。
  なぜ秋葉原に行ったのかというと、頼光さんが求めたからなのです。
  そのころには、私はもう理解しておりました。
  つまり、頼光さんが侍の格好をしているからといって、時代をタイムスリップして現代に現れたのではないということをです。
  頼光さんにいくつか質問して分ったことですが、江戸時代の話をしても、何故歴史の話をするのだ、という態度なのです。
  江戸時代に限らず室町時代でも鎌倉時代でも同様です。
  ようするに、頼光さんは現代に生きているのです!
  ただ、彼が生活していた場所がココではない、ということのようです。
  しかし服装はいわゆる和服であり、腰に刀を差し、言葉は侍言葉なのです。
  ところが知識は私とそれほど変りません。
  電車や車に少しも驚かないのがその証拠です。
  夜、室内灯をつけてもまったく驚きません。
  それどころか、私がパソコンを操作していると、のぞき込んできてついには自分で操作することもあるのです。
  さらには私の知らない知識を披露することさえあります。
  ますます頼光さんに興味が湧いてきました。

  秋葉原の雑多な店が立ち並ぶ横道に入りました。
  私の知らない様々な部品が雑然と並べられております。
  そこで頼光さんの命ずるまま様々な部品を購入しました。
  何に必要なのかさっぱり分りません。
  かなりの量になりましたので、店員さんにお願いして全て送っていただくことにしました。
  なにしろまだ幾つかの店を「はしご」するようなのです。
  ここまできたらもう頼光さんに訊いても良いだろうと思い、質問することにしました。
  つまり、頼光さんはどこから来て、これから何をしようとしているのか、様々な質問が頭の中をぐるぐる回ります。
  もしかしたら、頼光さんは異次元の者なのか、異星人なのか、それとも……。

  頼光さんからボツボツとテレパシーが届き始めました。
  途中まで聞いて、驚きで身体が震えました。
  いや、驚きを通り越して頭がパンク寸前といった状況になってしまいました。
  何故、私のところに現れたのか、という理由も聞きました。
  愕然としております!
 
  次回からその驚きの内容についてお話しいたします。
  ともあれ、頼光さんの話の始めの部分だけ少しお話ししておきましょう。

  頼光さんの仲間が初めてこの星(地球)を見たとき、そのあまりの醜い形状に驚いたというのです。
  まるでかじりかけのリンゴのようなその様は、何か恐ろしいカタストロフィが起こったにちがいないと思わせられたそうです。
  そこで水をこの星に送り込むことで形成を整えたというのです。
 
  幾世代もの間この星の観察を続けてきたところ、どうしてもここに来なければならない状況が生まれたというのです。
  なぜ日本なのかというと、各種族の成り立ちを調べ上げて、この日本がもっとも面白いと判断したというのです。
  そのため、ほとんどの日本人が畏敬の念を持って迎えるであろう侍の姿で現れたのだというのです。
  どうやら「侍ジャパン」のニュースでも読んだようです。
 
  日本という国のどこが面白いのかと尋ねると、縦軸と横軸がしっかりしているというので、もっと具体的な教えを請うと「海の民と山の民」「仏道と神道」「幕府と朝廷」「源氏と平家」「赤と白」「関東と関西」「表日本と裏日本」「大和と出雲」ずらずらと言葉だけが頭に入ってきました。
 
  ……そして驚愕の話が始まったのです!
 

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2013年5月 4日 (土)

あれから・・・

  木曽川源流の祖先の墓に行ってきてから、しばらくブログを休んでいました。
  あれから3週間、不思議なことが起こりすぎです!
  良いこともあり、悪いことも起こりました。
  でも、よくよく考えてみれば人生を顧みるためには全てが必要なことだったのかもしれません。
  反省ばかりの人生、これを名誉挽回の好機ととらえようという考えにようよう至りました。
  たった3週間の間に十分な時間と沢山の運が舞い込みました。
  遅きに失した感なきにしもあらずですが、なに人生は死ぬまでチャンスあり、と考えれば少し遅かっただけにすぎません。

  先輩のTさんが亡くなりました。
  私が見舞いに行った翌朝のできごとでした。
  うつらうつらしていたTさんが、私の顔に気が付くと「おーっ」と両手をあげ私の手を握ってきました。
  最初に出た言葉が、「佐藤……、すまなかったな……。お前の言うことを何も聞かなかったな……」
  私の氣功療法を、最後まで受けてくれなかった事に対しての言葉でした。
  お医者さんの言葉を最後まで信じて、言われる通りの治療手術を繰り返してきたTさんは、その治療法以外をかたくなに拒んできたことを後悔しているようでもありました。
  「じゃぁ、今から氣を入れてもいいですか?」と訊くと、ほっとしたようにうなずいてくれました。

  おかしな事に、当初いくら頑張って送氣しても入りません。
  一緒に行ったMさんに、「入らないのです……」とつぶやいてしまいました。
  ふっと思いついて、持参した「ヴィジャヤサーラ」を噴霧してみました。
  今度は入ります!
  嬉しくなってしばらく外氣療法を続けました。

  頃合いをみて送氣を止め、話しかけました。
  「Tさん、我々には50年近く続けてきた謡いがあるじゃないですか。頑張ってまた舞台に立ちましょうよ!」と励ますと、なんとTさんが謡い始めたのです。
  「花咲かば……」
   「鶴亀」の一節です。

  ……あこがれ続けたTさんの謡いを聴く最期となりました。

  先週末、当樹徳館道場でTさんを偲ぶ会が催されました。
  いきさつを知っておられるF先輩の発案で、鶴亀の素謡をおこないました。
  じっと聞き入っていたF先輩の耳に、十数名の連吟の中にTさんのあの包み込むような深い声量の声が間違いなく聞こえていたそうです……。

  誕生日がわずか2ヶ月しか離れていないTさんの旅立ちは、私にとっても少なからずショックではありました。
  その前後から立て続けに起こる不思議な出来事もあいまって、人生を考えさせられてきたのです。

  ようやく、すべての逡巡から解放されて一つの道を歩む事が出来るようです。

 

  数日前、自分が生まれる少し前の記憶を必死にたどってみる試みをしてみました。
  何かが感じられます。
  でもまだ何なのかは全然わかりません。
  これから何度か試みてみるつもりです。
  何かの気配が感じられることは確かなので……。
 

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