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2013年2月

2013年2月15日 (金)

夢の物語 2

  さて、小さなサムライと出かけることにしたので、写真のように小さな二つの穴を開けた布袋を首から懸け、その内に潰されないように小さな箱を入れ、これまた小さな布団を敷くことにしました。
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  部屋で実際に試してみて、困ったことに気づきました。
  それは、小さなサムライと会話ができないということです。
  布袋の中からでは、小さなサムライの甲高い声を聞き取ることに無理があると思ったのです。
  そのことをサムライに言うと、では頭の中の会話をしよう、と言うのです。
  頭の中の会話?
  意味が分らず重ねて聞くと、どうやらテレパシーのようです。
 
  テレパシー会話が出来る!!!

  半信半疑ながら試してみることにしました。

  実験成功です!

  小さなサムライに精神を集中することで、彼からの意思が言葉として頭に入ってきます。
  私の意思も、頭の中で言葉を発することで相手に伝わるようです。

  なんとまぁ、都合のよいことでしょう!
  でもこれは夢の中の話ですから……。

  テレパシーでの会話には、もう一つ便利なことがあります。
  それは言葉を無理に江戸時代に合わせなくてもよいということです。
  それどころか、英語でも理解してくれるのです。
  さすがは夢の中の物語!
  上手く出来てます!

  テレパシー会話の練習をしている間に、彼の名前などを知ることができました。
  彼の名は、「頼光」というのだそうです。
  姓を尋ねると、もう少し待て、と言われました。
  何か理由がありそうです。
  意地悪して、何時まで待てばよいのか?と追い打ちすると、ニヤリと笑ったような気がしました。
  もっとも、これは顔を見ていたわけではないので、私の想像ですけれどね。

  さて、準備も整ったところでいよいよ二人で出かけることにしました。
  まず最初は秋葉原に行ってきました。

  というところで……
  丁度、朝の修練の時間になってしまいました。

 
  秋葉原散策の感動的な出来事については、また次回ということにいたします。

  それでは朝の稽古に入ります。
  夢の話にお付き合いいただき、誠に有り難うございました。
 
 

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2013年2月12日 (火)

夢の物語 1

  本当に、夢でのお話しです。

  いつもは沢山の方々と話しに興じて時間の経つのを忘れるほどなのですが、連休となった10日、11日の二日間、特に10日の日曜日はTさんと電話で話しただけという、実にノドに優しい一日を過ごしておりました。

  昼過ぎ、急に睡魔が押し寄せ、たまらず少し横になりました。
  朦朧とした意識の端に、引っ掻くようなかすかな音が聞こえてきました。
  薄目を開けてみると、横になった長椅子の隅になにやら動くものが見えます。
  よくよく眼をこらしてみると、なんと人間です。
   しかもその人間は、驚いたことに10cmか15cmの大きさしかありません。
 
  それが夢であることは自分自身はっきりわかるのです。

  珍しい夢なので面白くなり、しばらくその夢につきあうことにしました。

  その小さな人間は、サムライの格好をしております。
  生意気にも腰に大小の刀を携え、髪は後ろに束ねたいわゆる宮本武蔵風の出立をしております。
 
  おそるおそる話しかけてみました。

  「……もしもし、あなたはどなたですか」
 
  その小さなサムライは、大きな目(小さな顔には不釣り合いなほど大きな目と感じました―夢だからしかたありません)をギロリと私に向けました。

  「起きたのか……」

  小さな身体から発せられた声は、やはり思ったように少し高い声です。

  小説風に書くのは技量的にも難しいです。
  時間の流れにそって、夢の中で起こったことを書いていきましょう。

  その小さなサムライは、私の考えではどうも300年ほど前の時代から来たように思います。
  話し方や服装からそう感じます。
  話をしてみると、彼自身いまどこにいて、どの時代なのかを知らないようです。
  ただ私の坊主頭に作務衣という風貌が、彼の時代でもよくみられたファッション?らしく、あまり違和感を感じないでいられるようです。

  あまりショックを与えないように、いまの平成という時代のことを教えました。
  驚いたことに、私の話を聞いても彼にショックの様はみられません。
  例の大きな目をギョロリと剥くだけで、発した言葉は一言だけ。
  「そうか……」
  その泰然とした小さなサムライの大きな態度に、驚いたのはむしろ私のほうです。

  ショックではありませんか?
  と聞くと、ショックとは何だ、と聞かれてしまいます。
  ……どうも英語は知らないようです。
  江戸時代に、各大名同士の言葉が通じないということで、城内では「謡曲」言葉で会話していたということを聞いたことがあるので、……さん候~、と謡曲の言葉で話しかけると何とか意思の疎通がはかれるようになりました。
 
  なんと、彼は自分の置かれた立場に微塵の恐怖も感じてはいないようなのです。
  こんな時代に来てしまったこと、起きてしまったことは仕方が無い、と瞬時にして達観しているようです。
  何故、うろたえたりしないのか、と尋ねると、不思議な顔をして、武士たる者うろたえるなどと言う「みっともない姿」を人目に晒すことなど考えられない、とまで言うのです。
  「みっともない」……
  久しく聞くことのなかった言葉に私の方が感心してしまいました。

  さて……
  小さなサムライの要望をいれて、私は彼を和風の布袋に入れ、街に繰り出すことにしました。
  一日目は、電車に乗り秋葉原に行ってきました。
  面白いことと言うよりも、感心することが沢山起こりました。
  小さなサムライとの素晴しい街歩きについては、又の機会に詳しくお話しいたしますね。
 

  この夢の話は、不思議なことに時間軸に沿って現実のように展開するのです。

  どうぞご期待ください。

  ……くれぐれも、夢のお話しですから。

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2013年2月 9日 (土)

不思議いっぱい!

  世の中は不思議なことがいっぱいです。
 
  来週は、いよいよ先週匂わせておいたニュースの真相がわかります。
  本当かどうか……
  今からワクワクしております。

 
  前回の写真だけのブログは、仲間のロシア人の方からいただいたものです。
  自然現象なのかどうか分りませんが、不思議な雲ですねぇ!

 
  今日の昼過ぎ、3年ぶりに訪れた方がおります。
  その方は、不思議な能力をお持ちの方なのですが、見せてくれた写真がまた龍の形をした雲の写真でした。
  かなりエキセントリックな感じのする写真で、驚愕しました。
  驚いてしまい、コピーを頂くのを忘れてしまいましたよ。
  次回来られたときにスキャンさせていただくことにします。
 
  その方は、他にも沢山のおみやげを持ってきてくださいました。
 
  「命の水」
  これまた不思議な感じの水で、名前は忘れましたがある有名な水博士に分析依頼をして写した顕微鏡写真を見せていただきましたが、なんと水の結晶の中心部に「勾玉」が写っているのです。
  これまた驚きましたよ。
 
  そして写真の玉です。
  この玉は水晶で出来ているようなのですが、不思議なエネルギーが感じられます。
  しばらく手をかざして観察していると、不意に私の口から言葉が出ました(これは考えて発した言葉ではなく、言ってしまってから、あれ、こんなことを言っている、という感覚で発せられた言葉です)
  それは、この玉に沢山の念を込めましたねぇ!という言葉です。
  その方も眼を丸くされていましたが、実際、金運・健康運・仕事運・人間交流運等々、複数の念を込めたのだそうです。
  ブログに載せようとデジカメで撮影したのですが、横からの写真ではピントがはっきりするのに、真上からの撮影では何枚写してもぼけてしまいます。
  この玉の先端部分から何らかの氣が出ているのかもしれません。
 
  本当に貴重なものをいただきました。
  誠にありがとうございました。

  最近、龍の影が私の周りに多く出現します。
  私ばかりではなく、私の周りの方々の身辺にも数多く出現しております。
  皆さんも気をつけてみてください。
  何故かは分りません。
  光宮殿にある龍を家元に頼み込んで撮影させていただこうと考えております。
  昨年末から、その龍の置物が妙に気になって仕方が無いからです。
  撮影してみたら、何かが分るかもしれないと思うので……。

  とまれ、世の中は不思議がいっぱい!
  分らないことばかりです。
 
  だからこの世は面白い・・・のかもしれません。

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2013年2月 7日 (木)

無題

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2013年2月 6日 (水)

スの神様

  一昨日に続いて今夜も目が冴えて眠れません。

  今夜眠れないのには、理由があります。
  体中が火照ったように熱く、感覚がありえないほど研ぎ澄まされたように感じているからなのです。
  その原因は明らかです。
  昨日、F家元から「改魂」の儀を受けたからです。

  「古式宮舞本部」ビルに居を構えて10年になります。
  ほとんど毎日のように家元と顔を会わせてはいましたが、「改魂」を受けるのは今回が初めてです。
  古神道教義については毎月のように教えを受けてきたのですが、不思議なことに「改魂」は初めてのことなのです。
  思うに、私の方に受けるべき「何か」が足りなかったのです。

  「改魂」を受けて、家元の最初のお言葉でその足りなかった「何か」を悟りました。

 
  正月、今年最初の品川和尚の教えは久しぶりの「叱声」でした。
  私の生き方の青々しさへのお叱りでした。
  以前のお叱りは私自身の健康や命への無防備さに対してのものでしたが、今回のお叱りは生き様に対してのもので、骨身にしみました。
  自己満足にすぎない親切は、大きな誤解のもとにもなるということも悟りました。
 
  短所ばかりの私の性格の唯一の長所は、師と仰ぐお方の教えを素直に受け入れられるということです。
  今回も自己を反省し、素直に受け入れることができました。
  本当に有り難いお叱りで、その後の行動が少しづつ変ったように感じております。

  そして、足りなかった「何か」は品川和尚の教えの中にあったのです。
  正月以降の私のわずかな変化を、家元は感じ取られたようなのです。
  家元に品川和尚の話をすると必ず「その和尚さんには一度お会いしたいものですね」というお言葉が返ってきていました。
  名人が名人を知るように、覚醒したお方は自分と同じく覚醒した人を感じとれるようです。

 
  ス神のお言葉として発せられた家元の言葉に、品川和尚の教えと同じ意を感じて愕然としたのです。
  「改魂」の間中、心は大いなる喜びと大きな緊張の中にありました。
 
  「長い時間がかかりましたね……」これもス神のお言葉です。
 

  本当に長い時間……60年以上もかかってしまいました。
  いつまでも成長しない自分の心に呆れてしまいます。
  「改魂」が終わった後、いつまでも「子供の心」の抜けない自分自身の反省を口にすると、家元は10年前から分っていたというようなお顔をされていたのが印象に残りました。

  品川和尚と藤原家元、大きなお二人に教えを戴く我が身の幸せを噛みしめております。

  誠に、有り難うございました。

  「改魂」の時に起こった不思議な現象……
  今も我が身を熱し続ける不思議なエネルギー……

  不思議ではあるけれども素晴しい、沢山の現象については教室でお話し致しますね。
  そして、今日の教室で生徒の皆さんに少しづつ「お裾分け」のように入れた氣を、他の皆さんにもお分けいたします。
  ご期待ください。
 

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2013年2月 4日 (月)

立春

  立春の朝
 
  昨夜の「福は内、福は内、鬼は外、鬼は外」の豆まき
 

  今日は

  仲間の大切な一日

  全てがうまくいきますように・・・

  眠れない夜が間もなく明けます

  いつも通りの

  祈りしかできないもどかしさ

  それでも

  信じて

  稽古に・・・

  氣をつくらねば

  沢山、沢山

  氣を送れるように・・・

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2013年2月 1日 (金)

守破離

  2月になりました。
  年が明けて、あっというまの1ヶ月が過ぎました。
  今月は、前回ブログで匂わせていたことなどが明らかになってきます。
  かなり変化のある月になりそうです。

  昨夜は眠気がすごく、10時には寝てしまいました。
  0時前に寝ることなどほとんどないのですが、前日からの睡眠不足のためでしょうか、3時間以上グッスリ寝てしまいました。
  今度はもう眠くなくなり、朝稽古までの時間をもてあましていると地震があったのでニュースを見ようとTVをつけてみました。
  すると「柳家小さん」のファミリーヒストリーという番組です。
  その中で小さん師匠が「守破離」について語っておりました。
  偶然にも、先週と今週の氣功教室でこの「守破離」について話したところなのです。
 
  シンクロニシティは大変多く起こる現象ですが、この「守破離」についてのシンクロニシティが起こったことについてはちょっと感慨があります。
  というのは、「守破離」を話すきっかけとなったのが、氣功法指導の再構築というか、少し違った角度から氣功法の指導を試みてみよう、という考えが起こっているからなのです。

  昨年末から、今までの指導法とは違うアプローチというか、調身法よりも調心法に重点を置いた氣功指導に切り替えはじめました。
  それは、五禽戯の指導を行っているときに強烈に感じたことがあったからなのですが、今まで「虚」と「実」に対する意識が希薄であったということに気づいたからなのです。
 
  この気づきは、昨年末から来られるようになったF先輩の変化からもたらされたものでした。
  F先輩は、居合道八段という技をお持ちです。
  その先輩とこの1ヶ月ほど沢山の語らいの時間を持つことができました。
  そこで感じたのはF先輩の「氣」の驚くべき変容でした。
  もうかなり前のことで、F先輩は覚えてもおられないようでしたが、私は先輩の「氣」について面と向かって失礼なことを言ってしまったことがありました。
  その当時のF先輩の「氣」は、向かい合うとまるで抜き身の日本刀を突きつけられたようでした。
  今思うと恥ずかしくなるのですが、私は先輩に向かって「そのように『実』が強すぎる氣の持続は身体を壊す恐れがあるのではないですか」などと言ってしまったのです。

  それから10年前後の時間が経過しましたが、先輩は居合いにモダン舞台にと着実に努力をされておりました。
  私もその舞台を観る機会がありました。
  驚いたことに、その舞台でF先輩は「実」を内包したままの「虚」を出現させていたのです!

  氣の世界に嵌まって30数年……。
  師から求められてはいましたが、私が未だ完全には習得出来ていない境地に先輩は達していたのです。

  昨年末、私は先輩に質問してみました。
  居合いを行うときの心づもりはどのようにしていますか、と……。
  速攻で答えが返ってきました。
  「虚」を正にしておこなうように変えたのだ。
  そのために、居合道の先輩から嫌われたようだ、と。
  そして私の氣功法の源にも理解を示されました。
  共に氣功法と居合道の修練をおこなえるようですね、と。

  10年ほど前の私の失礼な言は、当時からすでに先輩の修行には織り込み済だったのです。
  先輩は当時、「守」の修行をされていたに過ぎなかったのです。
  その後、異質の舞台での公演などを通じ「破」の修行をされ、「離」の境地を獲得されたに違いありません。

  私の修練も仙道から始まり、神道、仏道と多岐に渡ってきました。
  今は自分自身に期待しております。
  劉老師が私に求めた「境地」を完成できるのではないか……と。

  「破」の強力な後押しとして、4月からF先輩に「居合道」を教えていただくことにしました。
  共に学びたい方は、どうぞご参加ください。
 

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