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2012年3月18日 (日)

小さな力

  ほんの小さな力を信じてみよう!
 
  この世の中は、本当に小さな力にも影響を受けやすく出来ております。
  たとえ小数点以下の力でも、大きな影響を与えることができるのがこの世界なのです。
  たとえばこの地球に生物が存在することにしても、それこそ奇跡とも思える偶然の重なりによってもたらされました。
  地球という惑星がハビタブルゾーン内に収まっていることも、それこそ奇跡のようなものです。
  たとえハビタブルゾーン内に存在したとしても、月や海の存在そして地軸の傾き等々、ほんの少しの要素の変化で生物が存在を許されない状況が訪れます。
  これらは皆、ほんのわずかの力関係のもとに存在が許されているのです。

  人間は、多くのことを舐めていたのかもしれません。
  人間の生存行動が、大きな、それこそ劇的な変化をもたらすなど考えもしないできてしまったのです。
  中国で羽ばたいた蝶の影響でカリブ海にハリケーンが発生するという比喩は、あながち見当外れではないのかもしれません。
  自分ひとりぐらいなら……そんな考えが甘かったことに気が付く時が来てしまったのかもしれません。
 
  昔も今も、そしてこれから先も社会生活において支配する階級とされる階級は無くならないことでしょう。
  支配する立場に立ったものは、それなりの矜持を持たなくてはならないのは自明のことです。
 「サムライ」は組織体のなかでそれなりの矜持を持つことが要求されました。
  踏み外せば「切腹」です。
  武士道とは死ぬことと見つけたり、ではありませんがその掟の存在がサムライをサムライたらしめていたとも言えるのです。
  支配者階級に属した者は、様々な欲望を抑え、耐えていかなければなりません。
  それが人間社会を構築する最低限のシステムなのです。

  翻って最近の支配階級を見てみると、彼らはまるで悪質な癌細胞のようです。
  人体をむさぼり食い、最後は人体と共に自らも破滅することなど知らぬげに暴走する癌細胞のごとき生き方をして、何ら恥ずべきところがないようです。

  知ってください!
  人体が最期を迎えるとき、それと悟った脳細胞は初めてその制御システムを解除します。
  それまで5%ほどしか動かないように制御されていた脳細胞が、死の数分前に初めてフル稼働するのです。
  その時、人は自分の生きてきた理由、魂の存在……、全てのことを理解させられるのです。

  先週、田舎に帰りある僧侶に会いました。
  会うやいなや、その僧侶は私の顔をながめ、口をへの字に曲げながら言い放ったのです。
  死相が出ている!!
  心当たりがありましたので、ヒヤリとしながら僧侶の話を聞くことにしました。
  まだだ!まだいかんぞ!
  心の中を見透かすような僧侶の言葉に、頭を下げざるをえませんでした。
  私のような者の、それこそわずかしかない力でもまだ必要とされているようなのです。

  それから1時間以上、昼日中というのに日の光が少しも入らない漆黒の闇の部屋で過ごしました。
  自分の目が開いているのか閉じているのかさえ判別しない感覚の中、考えついたことがありました。
  それはまた、僧侶の思惑とも一致した思考でもあったようです。
  終わった後、僧侶の顔はいつも知っている柔和な表情に変わっておりました。

 
  これから、大勢の仲間と新しい展開についての話が始まるようです。
 
 
 

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