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2011年7月29日 (金)

朝稽古

  あまり公開することでもないのですが、朝の修行をどう行うか考えている方に少しでも参考になれば良いと思い開示しました。
  あくまでも、私個人の未熟な修行方法なので参考程度に考えてください。
  実際には「妙光錦」を手に入れることも困難ですし、岩笛や古神道のバイブルを入手することも難しいかもしれません。
  さらに、修行中に起こる様々な出来事に対処するために、私の場合は品川和尚の念珠と「命の水」を活用しております。
  写真には写っておりませんが、脇には簡単な食物も置いてあります。(これは、クンダリニー現象が起きた時の為の備えです)
  修行内容は、その日によって異なりますが、概ね古神道、仏教を坐して行った後に、仙道気功修行を立って行います。
  修行時間はその日によってマチマチです。
  平均すると2時間ぐらいでしょうか・・・・・・。
  その後、縁のある方への「送氣」を行って一日の修行を終わります。

  朝の稽古をすることで一番嬉しい事は、「念」の存在を知覚できることです。
  自分の氣の力を上げることはもちろんですが、別次元の存在を知覚できるときがあります。
  これは毎回知覚できるということはありませんが、体調の良い時などはほとんど感ずることが出来るようです。
  その時には、天地に霊が満ち満ちて、世界中が蛍光色に光っているように見えます。
  そのような状態にあるときには、私の力でも全ての病を治すことが出来るような自信が湧いてきます。
  残念ながら常にそのような状態にあるということはなく、非常に体調の良いとき、京都の和尚さんの所に行った後や筑波山、加波山などでの修行をした後に多く知覚できるようです。
  そう考えると、氣の力が身体に多く懸っているときほど知覚できるということなのかもしれません。
  岩笛を鳴らしたり、品川和尚の「妙光錦」の上に坐すことが私の氣をより増幅してくれるのだ、という観念は強く感じております。

  まだ数度しか体験していない観念があります。
  それは、この世が「二つの世界」で成り立っているのだということを知覚できた、という観念です。
  二つの世界、それは物理法則に支配されている「光」の世界と、意志や観念といった非物質的な目に見えない「氣の力」の世界とでも云えましょうか。
  不思議にそのような観念が湧きおこるのです。
  そのような時、不意に副脳がうごめき、しらずに言葉を発したりするときもあります。
  一月に今回の東日本大震災の発生を予感したのもこのような言葉からなのです。
  もしかしたら、これが藤原家元の言われる「神示」の一種なのかもしれません。

  さて、今朝はこのようなブログをしたためておりましたので、稽古の時間が遅くなりました。
  さっそく、今から修行に入ります!
  説明は省きましたが、写真の中のあるものに皆さんお気づきになりましたか?
  気付かれた方は、次回の教室でどうぞ質問してください。
  面白いこと? をお教えいたします。
  フフフ・・・・・・、すみませ~ん。
  このようなもったいぶった言い方が大好きなので・・・・・・。

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コメント

お疲れ様です!最近伺えなくてすみません。
昨日私自身自分も、朝の稽古を見なおそうと思い、そういえば先生はどうしているのかな?と考えていて、かなりタイムリーだったので思わず書き込んでしまいました。
また道場に伺う時に詳しいお話を聞かせてください。よろしくお願いします。

投稿: ヨシオカ | 2011年7月29日 (金) 12時45分

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