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2011年3月22日 (火)

茨城県へ

  茨城県の実家へ鎮護法要会のため行ってきました。
  ニュースであまり茨城県のことが言われていなかったので、それほど被害が無かったのではないかと期待していましたが、想像以上の被害に呆然です。
  霞ヶ浦と北浦を繋ぐ大橋は落ち、ところどころ電柱は斜めになっておりました。道路も注意して走らなければならず、つくばエクスプレスも守谷駅の北側で徐行運転しなければならない箇所ができておりました。筑波山神社の大鳥居は、ずれて危険性があるということで入山禁止となっておりましたので、神社の様子はわかりません。
  筑波山下の沼田地区に親類がありますので寄ってみると、やはり部屋の中はぐちゃぐちゃです。
  そのすぐ傍にある登山道入り口のコンクリート製鳥居も破損しており、破片が下に落ちています。
  筑波山神社にめでることはあきらめ、付近を走りまわりました。
  つくば市周辺でも屋根の瓦が落ちたり、ブロック塀や大谷石の塀が崩れて注意して走行しなければなりません。
  雨の中を西方寺に行くと、私の先祖のお墓は崩壊しておりました。私のところばかりではなく、多くのお墓が倒壊しており愕然とするばかりです。庫裏に行き住職と話をしてきましたが、お墓の立て直しは1,2ヶ月遅らせてからしたほうがよいということです。
  とにかく余震が多く、直してもまたすぐ崩壊の危険があるとのことです。
  実際、余震の回数が多く筑波にいるあいだつねに船酔いに似た感覚に襲われるのです。
  何人もの友人とも会ってきましたが、皆この余震で参っているようです。
  大洗町の知人とまだ連絡が取れていないのが不安です。
  なんとか無事でいることを願うばかりです。
  私の近所のご主人も連絡が取れなくなっており、車で出かけた先で何らかのトラブルに巻き込まれたのではないかと心配です。
  また、物資、特に燃料関係が不足しており、車での移動も恐る恐るです。近いところは自転車で見回りましたが、雨が降ってはお手上げです。

  暗いニュースばかりで、私はカメラで撮影する気力もありませんでしたが、そんな中で嬉しくなることもありました。
  一つは、19日につくばエクスプレスで帰宅しているまさにその時、震度5強の地震が襲ってきました。
  たまたま駅に停車中だったのですが、高架の駅舎の揺れは11日の地震のようです。その時車内で一人の老夫人がたまらず大きな悲鳴を上げてしまいました。
  すると、近くで立っていた二人の若者がすかさず老夫人のところへ行き、「おばちゃん! 大丈夫! 二人で助けるから安心して! 」と声をかけたのです。
  その後のやりとりで、双方は顔見知りでもなんでもないようです。
  若者は耳にピアスをつけ、髪の毛を染めた今風の二人です。
  声をかけられた老夫人の嬉しそうな顔……!
  二つ目は、町内の若者たちが自転車に乗り、人手の必要な家はないかと聞きまわっていたことです。
  お祭りに着るはっぴを靡かせながら走り回る若者たちの姿は、どれほど町内の人たちを勇気付けたことでしょう!
  今回の震災で、若者たちの感動させられる行動に沢山出会いました。もしかしたら、日本人はこの未曾有の災害を契機に良い方に大変身を遂げたのかもしれません!
  私の母を例にあげるのは面映ゆいのですが、88歳になる老母には「何しに帰ってきたのだ! すぐ東京に戻り自分のやることをやりなさい」と叱声されるしまつ。
  たった二日泊っただけで追い出されてしまいました。
  若者といい、老人といい、まだまだ日本人は意気軒高です!
  我々身体の動く者はもっともっと頑張らねばなりません!
  そして、大変身を遂げた若者たちと共に復興に邁進していきましょう。

  私は日本に希望が見えてきたと考えております。
  がんばりましょう!!! 多くの尊い命の犠牲を生かすためにも……。

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