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2008年12月

2008年12月22日 (月)

易経

 先日、品川和尚の勉強会で、和尚から龍・易経の話を聞きました。
大変心に残った話でしたので、帰ってから関連する本をあさり、少し勉強してみましたよ。

 調べてみて、段々残念な気持ちが増してきました。
というのは、この知識をもっと前に知りたかった・・・という思いがつのってきたからです。
いまだ、この易経の「乾為天の龍」についての知識と出会っていない方は、大急ぎで調べてみてください。
必ずや、貴方に何らかの衝撃が巻き起こること請け合いです。
参考までに記しますと、「竹村亜希子」氏の書いた「リーダーの易経」が素晴らしい本です。
この「龍の話」を知ってから、この数年の自身を省みて情けなくなると同時に、多くの迷いが雲散霧消してしまいました。
自分を龍と思うことは、ウヌボレかもしれませんが、自分の人生。
そのぐらいは許していただくとして、「潜龍」のまま一生を終わるかどうかは、「応爻」-(運命的な出会いの相手)に恵まれるかどうかということも、大変重要な要素となってきます。
出会わなければ、見龍となることなく、龍であったかどうかもさだかでないまま、地に伏せたまま終わることが多いのです。
自分を見出してくれた大人(師)の重要さ、大切さが際立ってきます。
逆にいえば、いまだに「田に在」ることが出来ないでいる「龍」は、大人に恵まれていないだけとも言えるのです。
年齢に関係なく、「見龍」となって「田に在」る状態になった龍は、おそらく瞬く間に「躍龍」「飛龍」へと駆け上がることが出来るかもしれません。
齢を経ていればこそ、途中の「鍛錬龍」の経過を十分に認識し、努力しているに違いないとも思えるからです。
遅きに失する感なきにしもあらずですが、今、私自身がそう願ってもおります。

以前記したように、私は大変「師」に恵まれてきました。
その素晴らしい「師」の方々との出会いを「応爻」とすることが出来ないで来た自身に悔しさが残ります。
今回の品川和尚のレクチャーによって、初めて「易経」の世界に触れ、目覚めた感がしております。
品川和尚との出会いが、「応爻」であってくれと願ってはおりますが、「応爻」の出会いとするためには、私自身の努力が一番大切であるということもまた理解しております。
頑張らねばなりません。

 「大人を見るに利ろし」・・・学びます。

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2008年12月16日 (火)

出かけて・・・

 先週から出かけてばかりおります。
田端の樹徳館に一人でいるのがいやなのです。
毎日、誰かと会っていたい心境で、誘われた方々はいい迷惑。
ちょっとばかり申し訳ない気持ちもいたします。

 今日は、大泉学園の T 会長に会ってきました。
私の大好きな、ダンディで暖かい人です。
日大芸術学部在学中から白いオープンカーを乗り回していたという会長も御年71歳!
ところがそのダンディぶりはいささかも衰えず、ますます洒脱さを増しておりました。
最近、作詞作曲した歌がCD発売されたということで、一枚戴いてきましたよ。
会長の作詞家名は「高円和人」といいますが、何曲かカラオケに収録されております。
ともかく、私が I 先生や家元と知り合うことができたのも全て会長の御蔭であり、今こうして東京で活動できるのも全て会長の御蔭なのです。
お会いして話を聞いているとき、私が暮れのお金が必要なのだろうと思われて、振込み先の銀行口座を書けといいます。
いや、違いますといいましたが、その心使いに涙がでるほど嬉しくなってしまいました。
会長にとって私はいつまでも世話のかかる弟のようなのです。
お前はいつまでたってもお金儲けがヘタだからなあ・・・といいながら優しい眼で微笑んでいましたが、マア、元気でやれ!と一言。
いやいや、会長のほうこそ、身体に留意してくださいよ、と申しますと嬉しそうにうなずいてくれました・・・。
大泉学園はいつも嬉しい街です。
大好物の宮内庁御用達「大吾」を買って帰ってきました。

 昨日は、またまた京都の品川和尚のところへ行ってきました。
今回は、占いの O 氏と I 氏の三人旅です。
この三人連れは傍目にはどんな仲間に見えるだろうね、などと軽口をたたきながらの楽しい旅です。
品川和尚は例によって暖かく迎えてくれ、かつ私がお連れした二人の仲間も気に入っていただきました。
今回は不思議にプロの施療師が多く集まりましたよ。
北海道から、九州からと全国から集まりましたが、東京港区でスピリチュアル・サロンを経営している M さんという方はかなりの能力者とお見受けいたしましたよ。
本物の能力者も世の中には沢山おられるものですね。
その皆さんが和尚の話に嬉々として聞き入っている様子は、これまた楽しいものです。
今回、私は「妙光錦」と「命の水」三本を購入してきました。
私が購入した「命の水」を見て、それはなんですか?と興味を示した H さんの歯茎が腫れているのをみた和尚が「命の水」をひと吹き吹きかけると、不思議にも一瞬でその腫れが消えてしまいました。
H さんの唖然呆然の表情が可笑しくてたまりませんでしたよ。
私は三本も購入したので、これを樹徳館に来られて望まれる方々には無料で使用いたします。素晴らしい効果に期待してください。
品川和尚には、ある質問をして素晴らしい方策を戴いてきました。
和尚にはどんな質問をしても即座にかえってきます。
本当にスゴイ人です。

 土曜・日曜は筑波山に行ってきました。
ところがなんと、初雪!
めったに雪など降らない山なのに、雪です。
嬉しくなってしまいましたよ。
山の氣と雪の氣をたっぷり蓄積してきましたよ。

 その前は、日本テレビの 汐留スタジオでダブル A 氏と待ち合わせ、新橋で A 氏の弟さんが経営している焼肉店でご馳走になりました。
幻の・・・とかいう肉がぞろぞろ出てきて、その旨い事、旨い事!
本当に初めて味わう種類の肉で、そのお店のこだわりの品々だそうです。

 この10日間ほど、気の弱くなっていた私に、品川和尚、T 会長はじめ大勢の先輩や仲間の皆さんが気を使ってくれました。
本当に有難く、心温まる数日でした。
心から感謝いたします。誠に有難うございました。

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2008年12月13日 (土)

師と仲間

 一昨日、仲間の通夜葬儀に行って来ました。
若い仲間はまるで眠っているようで、いっそう悲しみが増してきます。
道場の仲間達も数人参列してくれたので、帰り道忌中祓いもかねて食事をしましたが、蔭膳をおくことの寂しさは一入でした。

 昨日、品川和尚から預かり物があるといって P さんが持ってきてくれたものがありました。
開けてみると、二枚組のCD二組です。
内容は「生と死~最後の出会い」と「尊いこと」。
泣けてきました。
品川和尚は私の心を読んでいるとしか思えません。
藤原家元の手紙しかり。今また和尚の贈り物。
二人の偉大な師の心に感謝の言葉もありません。
お二人の直弟子を自認する私は、お二人のように私のもとに参集してくれる全ての方々に心を送らなければならないと心しております。
有難うございます。

 和尚のCDを聞き、ここ数日間少なからず感傷的になっていた自分を省みて心しなければならないと肝に銘じました。
今日、今から筑波の山に入り、来週は復活してまいります。
これからも、ご指導よろしくお願いいたします。
私も、全ての能力を使い切る覚悟で活動いたします。

 悟りにはほど遠いかもしれませんが、今朝の稽古中に心に受けたことがあります。
一つの可能性というか、能力というか・・・。
これをもって、一人でも多くの方々に何かしらの福音を与えてあげることが出来るのではないか・・・。
そんな可能性を感じております。
この感覚はどこから来たのか・・・。
劉老師の霊体ならば、これまた師に感謝です。

 誠に、有難うございます。

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2008年12月11日 (木)

仲間の絆

 昨日、今日は、仲間の絆を痛感した二日間でした。
一昨日の私のブログを読んでくれた方や、連絡した方々からの思いもよらぬ激励に驚いた二日間でした。
反省しました。
あまり心配かけるようなことは、ブログに出すべきではない・・・と。
心配かけて本当にごめんなさい。
I 先生などは、疲れた身体にもかかわらず、田端まで来られて激励してくれました。心から感謝いたします。
今日になると、なんとつくば市や土浦市から仲間が8人も訪れてくれました。
皆一様に、何があったのかと心配顔です。
本当に申し訳ありません。
来てくれた方や連絡をくれた方、結局、二日間で40人以上の方々に心配をかけてしまいました。
これは失った仲間の人徳もあるのでしょう。
私に、改めて仲間の存在ということを考えさせてくれる出来事ではありました。

 今朝、ドアーのボックスに家元からの手紙が入っていました。
家元には、今回のことは何も話してはいないのです。
無断で、その一部分だけ記します。
   

    神 言(みこと)
わかれ集い(つの)いのまとめ  多くあれど  元は元  
元同じくも違い有り
舞乗理の  ことわりも元ゆえに  変わりはならん
現世・次ぐ世  繋ぎて  元の仕組み  根付かせよ
まことを集め  反りて引き寄せの魂も  導き怠らねば気付くよ
霊継ぎの元親神  「五」の意を乗り乗らせ  置かれ  集われる
    (4分の1ほど記しました。後は読んで震えております)
  
 

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2008年12月 9日 (火)

別れ

 若い仲間が逝ってしまった。
残された者は、後悔ばかりが・・・。
もっと強引に検査を受けさせれば・・・、もっと頻繁に施療すれば・・・、もっと、もっと・・・と悔やむことばかり。
突発的に、田舎に帰って農業でもしていたくなってしまう心境になっている。
頼ってくれる人が一人でもいるうちは、そのようなことが出来ようはずもないことは十分わかっていても、私にとって初めてのこのショックは大きすぎる。
今までが順調すぎたのか、出来すぎなのか、このようなショックは受けずにくることができたのですが・・・。
品川和尚に連絡して、魂のこれからを聞くことだけが、心の安定を保持する唯一の方策となりました。

 この三年間に、あまりにも大切な仲間や師を失ってしまいました。
劉老師、加藤師、大川師、久保田師、郭師という気功の師や仲間。
そして、盟友の矢口君や私の父親。
気功の師や仲間の死は、私にも倒れた経験からある程度覚悟の上ということがありましたが、今日の訃報はこたえました。
私より若い方の死はもう許してほしい・・・。
魂の浄化としては、より高みに昇るのだよということは感じていても、残された者には耐え難いものがあります。
このうえは、魂の故郷で安らぎを得ることを願うばかりです。
                                合掌

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2008年12月 7日 (日)

仲間の出世

 久しぶりにつくばに帰ってきました。
日曜日なので、家でゆっくりしようと思っていたのですが、旦那寺の役員の務めとして檀家費を徴収して歩くことになりました。
毎年のことですが、これがなかなか大変です。
留守の家が多く、何度も足を運ばなくてはなりません。
結局、今日中には終わりませんでした。

 午後に町内の知り合いの家から訃報です。
知らなかったのですが、肝臓ガンに冒されていたということで、一度でも私に見せてほしかったと、残念でたまりません。
品川和尚直伝のディメンション・オペを試してみたかったのです。
今、私の身体の内で、さまざまな授かった能力のハレーションが起こっています。
一つには、家元から伝授いただいた、縄文神道の力。
そして、もちろん品川和尚に教えていただいている様々な法力。
気功の師、劉老師から教えられた技とこの二十数年間修業してきた私の感覚。
小林美元先生からの教え。長微弦師の教え等々・・・。
これらの力が混然と交じり合い、新たな「何か」が生まれ始めているような感覚に包まれております。
少しでも、人々の役に立つことができるように、素晴らしいものが生まれるように、これからも努力しなければならないと思っています。
まだまだ、これから・・・と思っているうちに齢60を数えてしまいましたが、後に続く者に与えることができるものを、少しでも大きくしたいものです。
入れ物(道場)ばかりではだめですね。

 ところで、昨日と今日、嬉しい電話が二つありました。
一つは、私の後輩が大出世をしたことです。
数年前、私の先輩が「警視長」という地位に出世しましたが、それ以来の出世です。
彼とは頻繁に連絡を取り合っていたのですが、昨日の連絡で、「私のおかげ」などと嬉しいことを言います。
私など何の手助けもしていないのです。
全て、自分の力なのですが、この言葉は嬉しいものです。
もう一つ、横浜の古い友人が新しく始めた事業がうまくいって、産経新聞にそのことが掲載されているとの連絡です。
彼は私より一つ二つ年長なのですが、大変な努力家なので上手くいったのでしょう。
お礼に私に夕食をご馳走してくれるということなので、これには甘えてご馳走になりましょう。

 仲間の良い便りには心が躍る思いがします。
自分が成功したような感じまでしております。
それとともに、自分も頑張らねば・・・という思いがふつふつと沸いてくるものですね。
最近、嬉しい人々とばかり交流しているような気がします。
長野の O 君との話ではありませんが、年をとってきたので「嬉しい仲間」としか会わないようにしているからかもしれませんね。
ともあれ、仲間の嬉しい話には大感激です。

・・・年の瀬になりました。
私も来年はスゴイことになりますよ。
そのスゴイことが私の大切な仲間のためにもなりますように・・・。
そのため、いま私の身体の内で醸成されている何かに向かっても念じております。
奇麗事すぎるかもしれませんが、私の仲間にも、そして今生では相容れず、来世に可能性をかけ離れていった知人の方々にも、私に会わなければよかったと思われないために、その幸運を強く強く念じております。




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2008年12月 1日 (月)

信濃路へ

 晩秋の長野へ行って来ました。
畏友の O 君の会に参加させていただいたのです。

 長野行きは、少々ハプニングが続きました。
特急あずさ号が小淵沢を過ぎたころ、突然止まってしまったのです。原因はなんと列車にイノシシがぶつかったというのです。
さすがは山国と、驚きあきれてしまいましたよ。
しかし、問題は岡谷駅で接続予定の「飯田線」の列車に間に合うかどうかです。
すでに、立川駅付近から6分以上の遅れがでており、車掌さんに間に合うかどうか尋ねると、大丈夫ですという返答をもらっていました。が、イノシシとぶつかった為、さらに遅れが出てしまいそうです。
飯田線の列車は1時間に1本しか走っておりません。
再度車掌さんに尋ねると、何らかの方法を後ほど連絡いたしますとのこと。
信用して待っておりましたが、上諏訪、下諏訪を過ぎても一向に車掌さんは来ません。
痺れを切らして車掌室を訪ねますと、いるはずなのに鍵をかけて開けてくれません。
すると列車はスピードを落とし、車内放送で「岡谷駅」に到着するというではありませんか!
下諏訪駅から岡谷駅までは3分ほどなのですね。
大急ぎで自分の席に戻るころには岡谷駅に着いてしまいました。
慌てて荷物をまとめ、ギリギリでホームに降り立つと、瞬時に列車のドァが閉まりました。
瞬間、気がつきました。おみやげを忘れた!
めったにないことですが、岡谷駅の駅員に文句を言ってしまいましたよ。説明に来ると言っていながら何故居留守をつかうのか・・・と。
駅員たちは、上司に相談するとかなんとか言うばかりです。
遅れたことは仕方ないにしても、連絡にきますと言っておきながら逃げた車掌さんが許せなかったのです

その時気がつきました。
駅員さんの手が微かに震えているのです。
どうやら、私を「ソノスジ」の人と勘違いしているようなのです。
坊主頭で、髭ずら、おまけに作務衣という私の姿・・・。
たしかに間違われても仕方ありません。
そのことに気がついたとたん、可笑しくなってしまいました。
可哀想にもなり、イイヨ、イイヨと言わざるを得ませんでしたよ。
しかし、飯田線の列車はとうに発車してしまい、次の列車には1時間以上待たなければなりません。
では岡谷駅周辺で食事を・・・、と思っても夜の9時を過ぎ、お店はもう全て閉まっております。
空腹の上、寒さもきつく、とても駅舎で待つことはできません。
諦めて、タクシーに乗りましたよ。
O 君の家に着くと、やはり O 君も駅に連絡してくれており、強く言えば駅の方でタクシーを用意してくれたかもしれないと言います。
タクシーの運転手さんも同じことを言っていましたが・・・。
でも、それはチョットね・・・。

 二日目は O 君の龍雲会。
氣の良い人々の集まりで大変楽しく、前日の不快感もどこかに飛んでしまいましたよ。
何番も登場し、一日中ニコニコしていることができました。
特に、名古屋から参加してくれた、同級生の N 君との久しぶりの邂逅は心躍るものでした。
幾つになっても旧友との集いは素晴らしいものです。

 帰りの「特急あずさ」では、新宿駅までゆっくり寝ていこうと思っていたのですが、最後に今度はうれしいハプニング!
偶然、同じ車両に知人が乗っていたのです。
彼とも、ホント久しぶりの再会です。
私の場合このような偶然がよく起るのですが、こんなシンクロニシティは嬉しくてたまりません。
彼はいま食品関係の会社を経営しており、時節柄、楽というわけにはいかないがマァマァ順調に仕事をこなしているとのこと。
今度ゆっくり食事を共にする約束をして連絡先を交換しました。

 ともあれ、大変楽しくもあり、不思議でもあった週末の二日間ではありました。
お世話になった O 君を始め、信州の皆さん、本当に有難うございました。
特に、初めて食べた「唐松茸」の味は忘れることができません。
歯ごたえといい、その味といい、まったくもって絶品でした。

次回の開催を楽しみにしております。
また、ぜひ呼んでください。

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