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2008年11月 4日 (火)

特異日

 今日、11月3日は「文化の日」、私達の年代の者には雨の降らない「特異日」という認識がある記念日です。
今日は一日中、道場で瞑想してみようと思っていました。
じっさい、昼過ぎに発明王「市川先生」が一時間ほど来られただけで、あとは誰とも会わずに過ごしました。
考えて見ますと、たった一人の人としか会わずに一日を過ごしたという記憶はありませんでした。
数十年の間、いつの日も、複数の誰かと会っていたのですね。
携帯の電源を切り、部屋に鍵をかけ、ジックリと考えてみました。
浅学非才の私の考えですので、さほど深くまでは到達しませんでしたが、それなりの成果はあったのではないかと思います。
というのも、瞑想が終わった夜の11時ごろから、ただならぬ心の落ち着きを感じているからです。
瞑想そのものは、2時間ほどしかしませんでしたが、朝から瞑想に入るまでの時間に、人生のこれまでを思い返してみました。
人は、なぜ生まれ、なぜ死んでいくのか・・・。
生まれる前の自己とは何か・・・等々。
今日の「思い返し」は、ある哲学者の言を借りて言えば「無証明の排除」ということを徹底して行いました。
つまり、証明できない事柄についての思考を一切排除するということです。
私は、いままでの修業から、確信していることがいくつかあります。
たとえば、それは「前世」の存在であるとか、「霊界」、「異次元」の存在であるとかいったものです。
これらの概念について、私自身は存在を確信していますが、証明する方法はありません。そのような事柄のすべてを排除して、唯物論的に思考をめぐらす方法をとってみたのです。
面白いことに気が付きました。
私の生まれる前には、この宇宙は存在しなかったのです。
ありとあらゆるものが、存在しなかったのです。
私という「認識体」が認識を始めた時から、全てのものの存在が始まっているのです。
笑ってしまいました。
×××を知ったからなのです。(言葉にすると数頁になってしまいます)
なぜ、私は多くの事柄を知りたがるのか・・・。
その理由の一端を垣間見る思いがいたしました。
これは面白い!
私は、この「無証明の排除」思考法をこれからも続けていこうと思いますが、今日思いついた×××について、決して忘れないようにと、このブログ記述をしたためております。
次回はどんな思考をするのか・・・、面白くなってきました。

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