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2008年5月 2日 (金)

不思議な壷と神仙

 最近になって、あちらこちらから以前このブログで紹介したことのある「不思議な壷」についての問い合わせが舞い込んできました。
そのほとんどが「壷」で作った水を飲むことによって肝臓や膵臓の数値が良くなったというもので、再注文の依頼が多くなったため、再度輸入することにしました。

 この壷は、ヴィジャヤサーラという樹木で出来ており、アーユルヴェーダ(インド医学)で古くから薬として愛用されてきたものです。
たしかにその効用は素晴らしく、私も長く飲み続けております。
昨年、肝臓と胆嚢の手術を受けましたが、その後の医者も驚く回復力にも、このヴィジャヤサーラの薬効がおおいに役立っているような気がしております。
また、各部屋に一つずつこの壷が置いてありますが、各部屋とも素晴らしい氣がいつも充満しております。まったく有難い壷です。

 この壷の謂れを聞いて、心に引っかかっていたことがあります。
それは、「この木が生えている根元には草木が生じない。そのため発見するのは容易い。」ということです。
先日、この壷を共に輸入した Y 氏が訪れ同じ事を申します。
そして古書に同じようなことが書かれていると教えてくれました。
さっそくその古書を読み、先人の智慧に驚くとともに、もう一つの世界を知ることとなりました。
その本は、明治初期に「宮路嚴夫」という方によって書かれた「本朝神僊記傳」という書なのですが、発行部数が少なかったため、現在ではほとんど出回っておりません。
しかし、曾孫の管原東沙によって現代語で甦りました。
その本の「照道寿眞」神仙の項に、次のような言葉がありました。

河野至道寿人が照道寿眞に道の伝授を受けていたとき、薬について尋ねると・・・。

「草木を見よ。桂枝の下には草は生じない。
麻黄の根には雪が積もらない。
従って、草木に気を配って山を廻れば、自然に薬がわかる。
また雨中に松の木の下を見なさい。
何となく光を放って気が立つものが有ろう。
これを掘れば茯苓(ぶくりょうー松の根に寄生するきのこの菌核。)を得る。この中に茯神があり、これを分けると神と精とになる。
これは草木だけではない。
第一に知るべきは、自分の身中にも神があり、精がある。
神は霊であり、心火である。
また、心とも仁とも魂とも言う。
精は寶であり、腎水である。
また、腎とも氣とも魄とも言うのだ。
神は大陽の様であって、精は大陰の様である。
元精は陰であるといっても、神をまとっている故に陽気がある。
この陽気からまた陰陽が生じる。
これは人間ばかりではなく、万物はこれと同じである。」

 これぞまさしく「上」からもらった情報というものでしょう。
ほとんどの神仙はついには天上に昇っていきます。
天上に昇る事までは望まない私は、人の病を癒すこれらの情報をもっともっと得たいものです。

 ともあれ、ヴィジャヤサーラについての引っ掛かりが一つ消えたことに感謝しております。誠に有難うございました。

Sinnsenn Photo

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