« ・・・ | トップページ | 北陸めぐり »

2008年2月 1日 (金)

月そして太陽

 月のような男がいた。
その男は、太陽と目される男のかたわらで、いつも静かに気配を消して生きていた。
訪れた人たちの誰もが、その男は太陽にとってのナンバー2の位置にいると考えた。
輝く太陽のもとを訪れる人は、徐々に増えていった。

 驚いたことに、太陽の傍らに参画する者が一人増えればその男の地位は一段下がった。
それこそ、一人増えるごとに一段ずつ下がった。
しかし、傍で見て、そのことに男の感情が変化することは一度として感じられなかった。
ただ、あくまでも静かに、そして気配を消して生きていた。

 当初、私はその男を秀吉における秀長とみた。尊氏における直義とみた。毛沢東における周恩来ともみた。
太陽が輝く為の膳立ては、その男が全て賄っていたからである。
私は、劉邦における蕭何の存在を確信した。
後は、張良と韓信を探せば・・・、と考えた。

 太陽の身内はそうは考えなかった。
男を無能と考えたのである。男はその役割を黙々とこなすだけで、自己の主張を口にすることが一度もなかったからである。
一・ニ度だけ、私に語ることがあった。
しかしその内容は、いかにして太陽を輝かせることが出来るかということのみであった。己のことを口にすることはついになかった。
その時、私は男に「月」のイメージを持った。

 「月の男」は、49歳という若さで太陽のもとを去った。
「太陽」は、その存在の大きさに気が付いていたに違いない。
「月の男」が逝ったあとに上梓した書は、「月の男」へのレクイエムそのものであった。

 「月の男」の一周忌が過ぎたころ、太陽の輝きが薄れはじめた。
それから半年・・・。

 いま、別次元で月と太陽は再びめぐり合い、新たな太陽系の創造を練っているに違いない。
陰という要、陽という要。
二つの存在要素の不可思議さ・・・。
私の思考が、今ひとつの基点を認識し、大きな確信を得た。

 月の男の力は見えなかった。
いま初めて知る。あまりにも大きすぎるためその流れさえ認識できなかった、「大きな河」であったことを・・・。
ありがとう、と素直に言えます。貴方と語ることができたことを・・・。

感謝します。太陽の輝きに。
貴方の光で私は今の道を見つけることが出来たのですから・・・。

 今日、師の旅立ちの表情は、とても穏やかでした。
まるで、
待っていた大川師範と楽しげな語り合いをしているような・・・。

|

« ・・・ | トップページ | 北陸めぐり »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/141352/17915358

この記事へのトラックバック一覧です: 月そして太陽:

« ・・・ | トップページ | 北陸めぐり »