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2008年2月

2008年2月29日 (金)

顔が広い

 「顔が広い」という言葉が良く云われますが、世の中には本当に顔の広い人物がおられますね。
ここ数日、その顔の広い方とお会いすることが何度もありました。
あまりの顔の広さに、ほんとかいな?と思ったほどですが、これが本当なのですからビックリしました。
私も結構顔の広いほうではないかと自負していたのですが、とてもとてもカナイマセン。今回、その顔を利用させていただくことになりましたので、大変感謝してもおります。
一人の方は、中国にとんでもない人脈を持つ方で、あまりの人脈の大きさに外務省の職員さえ、信じなかったほどだといいます。その方が彼の人脈を自由に使っても良いということを私に云われたので、遠慮なく使わせていただくことにいたしました。結果が今から大変楽しみです。

 今日は、またまた銀座に繰出しました。
最近、私の氣功教室の生徒さんになられた方の経営する銀座のお店への招待です。
すごく氣のいいお店で、楽しくて、超高級ブランデー(私はお酒のことがあまり判りませんが、いっしょに行った慶応の O さんの口ぶりからすると・・・!)をお湯割りでグイグイ戴いてしまいましたよ。
これからしょっちゅうお世話になりそうです。
そのお店のママさんが、またすごい人脈の持ち主で、なんと美輪明弘さんを自宅に呼ぶほどの仲だといいます。
O さんに聞いたところ、ママさんのご主人は、私も好きなある大作家だというのです。驚きました。しばしその作家の方の作品の話で盛り上がりましたよ。
その他にもスゴイ人脈をお持ちの方で、田舎者の私は圧倒されっぱなしでした。
これから、O さんとともに、大勢の方を紹介してくださるとのことで、楽しみでもあります。
ついつい楽しくて、初めてにもかかわらず、長居してしまったのが、ちょっと失礼ではなかったかと思うほどでしたよ。

 今日と来週の木曜日、うちの N 君がNHKドラマ「鞍馬天狗」に出演しています。
留守録でとったビデオを今見たところですが、せりふも多くなかなかカッコ良かったですよ。特に目の演技が素晴らしく、ハマリマシタね。
来週も楽しみです。

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2008年2月25日 (月)

テレビ局

 今日は、テレ朝の収録で、世田谷の砧スタジオに行って来ました。
今帰ってきたところです。いささか疲れました。
若い K 君などは元気ハツラツ。世代交代です。もう、全てのテレビ局関係は K 君にお願いすることにします。・・・寝ます。

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2008年2月22日 (金)

春が来た?

 昨日春の話をしましたが、今日の陽気は春のようでしたね。
暖かさについ誘われて、また出かけてしまいましたよ。
今日は、大学連盟の会合と懇親会。
御茶ノ水に行きました。夜の駿河台界隈は、暖かく人通りも多く、本当に春がきたようでしたよ。
今日の会合は参加者も多く、新しい参加者も数人いて名刺の交換で大忙しでした。
50名以上の参加者がいたので、私の名刺の数が心細くなりチョット心配してしまいました。
新しい出会いもまた楽しいものですね。
さっそく、大勢の方が田端の道場へ来てくださるとの事、楽しみです。
懇親会が終わってから、聖橋界隈を少し歩いてみました。40年前が思い出されて、ちょっと良い気分でしたよ。
幾つかの仕事の話も進み、来週は忙しくなりそうです。
ほんと、春が来ましたね。(またまた、オーブがたくさん写りましたネ)

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2008年2月20日 (水)

春の足音

 水戸に行ってきました。
午前中県庁で仕事をし、帰り道に偕楽園へ寄りました。
春のおとずれを告げる梅の花を見に寄ったのです。
咲いていました!
ほんの少しだけですが・・・。
春は確実に近ずいています。
春は全ての人におとずれます。止まない雨が無いと同じように。
待ちましょう・・・。もう少しです。
もう少しすれば、全ての人に春がおとずれます。

 病で苦しむ方、仕事で悩む方、人間関係で袋小路に陥っておられる方々・・・。
悩み、苦しみは多岐にわたることと思いますが、皆さん、春の訪れを信じて頑張りましょう!
私たちのところにも、まもなく「春」がきます。
その「春」は、「仲間」の全てに光をそそいでくれるはずです。
明るい春の日差しを、皆でいっぱいに浴びましょう!

 今月は、「本州円形印行法」で北陸を回ったり、水戸や栃木県に行ったりと非常に忙しい月でした。
あと一つ、来週のテレビ朝日の収録で祖師谷大蔵のTMCレモンスタジオに行けば終わりです。テレ朝には K 君といくので、彼を前面に押し出して、私はウシロで遊んでようと思っています。

夜、名古屋から孫が来ました。
新幹線の往復チケットを持ってです。
来月、名古屋に行きます。

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2008年2月14日 (木)

師匠

 以前、このブログにも書いたことがありますが、私には大切な師が何人かおります。
私が「三人ビゲン」と呼んで敬愛している師がおります。
幼少から密教、儒教を教えていただいた、つくば市玉取の時宗西方寺住職「長微弦」和尚。
仙道気功法を、それこそ徹底して、長きに渡り教えていただいた「劉ビゲン」老師。
そして古神道のイロハから学ばせていただいた「小林美元」先生。
その他にも先日亡くなられた気功・太極拳・空手・杖道の「加藤武揚」師。はたまた神道の「安藤妍雪先生」、霊氣の「小林紀水」先生、樹林気功の筑波大の「川鍋教授」、無極式気功法と陳式太極拳の「王文洪」先生、タオ龍門功の「蘇学良」先生、西洋医学とアーユルヴェーダの「岡本丈」博士、そして今「古神道」の教えを受けている明眸皓歯を兼ね備えた「藤原和晃」家元と、たいへん多くの師匠に恵まれていまの私があります。
密教、儒教、仙道、古神道、武道、医学、占術と教えを受けた範囲は多岐に渡ります。
その教えの全てが私の血となり肉となっているかは、はなはだ疑問なのですが、私なりに努力してはおります。

 今日、新しい発見をしました。
私が教えている生徒さん達も私の師である、ということをです。
まったくもって迂闊千万なことなのですが、今までそのように考えたことはありませんでした。

 今日、新しい生徒さんが入会されました。
不思議なことに、3週間前に「諏訪神伝如意秘法」と「神手秘法」を行い、21日間この行法を続けるよう生徒の皆さんに指示しました。
今日がその満願日、21日目なのです。
その満願日に入会された T さんが、なんと諏訪大社の守主だったのです。
ここでもまたシンクロニシティが起りました。( T さんに関するシンクロニシティはもう一つ起りました)

 稽古が始まって驚きました。
T さんには初めての気功の稽古なのに既にして「氣」が回るのです。
そして T さんの背後に二つの守護霊が、私にさえはっきり見えるのです。(指導霊かもしれません)
T さんの氣が回り始めるのと時を同じくして、他の数人の生徒さんに異変が起りました。
今までなかなか起きなかった M さんに自発動功が起き、K 君はまだ教えていない副脳の働きで過去生の言葉が出そうになったのです。( K 君の頭の中には文字が浮かんでいたそうです)
他の生徒さん達も、いつにもまして生き生きと稽古をしています。
T さん曰く、初めてなのにどうして身体がかってに動いてしまうのかわかりません・・・。
稽古のあと、生徒さん達の顔は充実感で輝いていました。

 教えられました。
生徒さん達に、どのように氣を送れば良いのかということをです。
今日は、私の方が勉強させてもらいました。
生徒の皆さん、本当に有難う!
今夜の私の体調はすこぶる良好です。
まもなく深夜の4時になろうとしていますが、少しも眠くないのです。
先ほどまでに、なんと本を3冊も読んでしまいました。こんなことは初めてです。今夜は修業を始める4時まで寝ません。
久しぶりの徹夜です。
あらためて、「氣」の素晴らしさを認識させられました。

 嬉しいことがもう一つ。
私のパソコンの師匠、M さんからメールが届きました。
原文のままお知らせいたします。
  「 佐藤先生。ご無沙汰しています。
   今日は、ビックリな事がありました。
   仕事をしていたら何だか左肩がバリバリで痛くて痛くてたまりま
    せんでした。
   で、普段は身につけている、結婚パーティで先生からいただい
   た紫の数珠を付け忘れた事に気がつき、慌てて付けた所、ス
   ーッと痛みが引きました。すごい体験です。
   今晩から寝る時も忘れずにつけます。
   先生、助かりました!ありがとうございます。」

 T さんは東大出の傑物。先般の「愛知万博」で、あるパビリオンの展示を手がけ世界的名声を得た人物なのですが、わたしのあげた数珠に込めた氣を感じ取っていただけたようで、私の方こそ嬉しくてたまりません。

 嬉しいことが続きます。
本当に、本当に有難うございます。

 

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2008年2月12日 (火)

古ノート

 久しぶりに、三日間ほど田舎に帰ってきました。
帰って早々驚かされたのは、我が家の庭にオオタカが舞い降りたということです。
娘たちによく聞くと、どうやら鷹匠が放ったオオタカらしく、我が家の庭(ジャングルと化しております)に雉が集まっているのを狙って放した模様です。
さっそく、無断で立ち入らぬよう抗議しました。雉たちは我が家の犬の餌を狙ってくるらしく、犬たちも慣れてしまって平気な顔で鳥たちが食べるにまかせています。
まったく、番犬にもならない犬たちですが、名も知らぬ鳥たちがきて犬の餌をつついているのを見ることは、とても楽しいものです。

 離れの書庫を整理していたところ、古いノートが数冊でてきました。
驚くなかれ、40年ほど昔のノートです。
学生時代、講演会での話を聞き憧れていた、ある大学の文学部教授がいました。
どうしてもその教授の講義が聞きたくて、他大学であるにもかかわらず聴講に行ったことがありました。
その時代、いわゆるドロボウ聴講と言われた行為です。
しかし、一度も咎められたことなどなく、実に大らかな時代でした。

 その教授の講義は、それはそれは面白くて、私の本分が法学であったにもかかわらず何度も何度も夢中で通ったものです。
当時、私は「能楽研究会」というサークルに属しており、そのメンバーの中に文学的才能に溢れた仲間が多数おりました。
父親が歌人という先輩から、その父君が出版された詩集を戴き読んだ時のショックなどは今でも鮮明に覚えているほどです。
私も見よう見真似で作品を仕上げ、同輩に読んで貰ったりしておりました。
その時の同輩の辛らつな評も思い出すことができます。

 当時、私たちのサークルでは、怖れ知らずにもいくつかの新作能を創っておりました。
その作品を作家の三島由紀夫氏に読んでいただいたりしていたため、文章を書くこと、そして日本語というものに非常に関心を抱いておりました。
その教授の講義は、日本語の使い方を、和歌、俳句、小説、川柳などを例題とし、丁寧に教えてくださるものでした。特に印象に残っているのは、日本の文化では隠された意味を理解することが大切である、という教えでした。
和歌や俳句の一字一句の奥深さ、小説ではその行間を読むことの大切さ、面白さなどなど。ノートは私の「黄金時代」の思い出で満ち溢れていました。

     夜も尽きじ   寝屋の明かり火   手枕も
              真菰の風に    酔ひも早失せ
   ( よもつきじ    ねやのあかりほ    たまくらも
             まこものかぜに  えひもはやうせ )
 

上記の和歌は、方丈記で名高い鴨長明が知人に宛てたものと云われているものですが、一人淋しく、無聊をかこつ心情が良くでているといわれています。(一部記憶が曖昧なところがありますので、正確な句をお知りの方は教えてください)
ところが、五七五七七の頭の言葉だけを読むと、よねたまえ(米給え)となり、後から同じように最後の字を読むと、せにもほし(銭も欲し)という言葉が隠されております。
和歌や俳句、川柳などばかりでなく、絵画などの日本文化にもそのような隠された意図があるということです。(尾形光琳の紅白梅図屏風には女体が隠されている等々)

 教授の講義を夢中で聴講したにしては、私の文章力がさほど上達しなかったのは、まあ、才能というものでしょう。
しかし、自分の文章力が上達しなかったとはいえ、日本語に対する認識力という点ではかなりの収穫があったと自負しております。思えば私の日本語理解の原点はここにあったのだと、古いノートを手に取りながら感慨に耽っております。

 今、私は「古代文字」や「記紀」に取り組んでおりますが、文章に書かれていない部分に作者の意図を見つけ出そうと躍起になっております。
祝詞や神示、神言などにはその一部を発見しておりますが、いま一番悩んでいるのは「宣命体」です。隠されたメッセージが存在するはずですが、この漢字ばかりの文章はかなり手ごわい相手なのです。
「漢音」「呉音」「大和ことば」の組み合わせの法則も、この「宣命体」には全然当てはまらないようなのです。でもこの不可解さに挑むのが実に楽しいのです。
今夜もワクワクしながら挑んでおります。  

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2008年2月 7日 (木)

シンクロニシティを起こす

 私たちの稽古目的の一つに、シンクロニシティ(意味のある偶然の一致・・・ユング)を起こすということがあります。
シンクロニシティを起こすことで、個々人の人生をより輝かしいものにすることが目的です。
昨年の十月ごろから、家元の指導も得て、生徒さんたちにシンクロニシティが起るような「練功」を数多く取り入れてきました。

 昨年12月ごろから面白い現象が起り始めました。
毎日のようにシンクロニシティが起るのです。
N 君などはそれを仕事に生かすことが出来始めました。もっともっと生かしていってほしいものです。
私の場合も、かなりの確立でねらったシンクロニシティを起こすことが出来るようになり始めました。
品物を使ってシンクロニシティを起こす方法も順調です。
全てがシンクロニシティの力というわけでもないのでしょうが、私にはシンクロニシティによるものとしか考えられない出来事が起っています。
S 嬢が今月結婚します。おめでとうございます。教室の仲間全員が祝福しています。
彼女も、ある品物によるシンクロニシティ効果を信じて身に着けておりました。
私も出かける時は、必ずアルモノを身に着けます。するとほとんど出先で誰かうれしい人に出会います。今では、起った例をあげればきりがないほどです。
先日も北海道の「仲間」にある商品を送りました。
私は、心の中であるシンクロニシティが起ることを念じております。それは、「仲間」が自分の仕事を「健康産業」としてより幅広く考えてほしい、そしてより大きく活動してほしいという私の願望が、より具体的なシンクロニシティの出現によって「仲間」にその可能性を感じさせ、希望を持たせてくれることを・・・です。品物はそのシンクロニシティを起こすための「種」なのです。

 先週、私は東京を出発して埼玉、群馬、長野、新潟、富山、石川、福井、滋賀、三重、岐阜、愛知、静岡、神奈川各県を超特急で回ってきました。
こんな回り方をしたのにはある理由があります。それはある一つの「功法」を使うためです。本来ならば飛行機で金沢へ直行すればよいのですが、私はこの機会をチャンスと捉えたのです。
その功法は「水火風紫微斗秘法」といいます。
なにやら、凄そうな功法名ではありませんか?
この功法を修することによって、私と私の周りの「仲間」に聖なる波動、それこそ素晴らしいシンクロニシティが起ると教えられたからなのです。
年明け早々にこの功法を修することを思いつき、教室で生徒の皆さんに資料を配布し、稽古してきました。旅はその集大成なのです。

 さっそく、その効果があらわれました。
来週の教室で皆さんにご紹介いたします。
大変素晴らしい、そしてまた不可思議な人物です。乞うご期待!

 今日は、旧暦の正月です。
皆さんの波動を良い方向にそしてより力強く変化させましょう。
今日から七日間、個別に教えた「秘法」を行ってみるのも一つの方法ですよ。
皆さんに素晴らしいシンクロニシティが起りますように・・・。誠に有難うございます。

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2008年2月 4日 (月)

北陸めぐり

 三日間かけて、北陸から名古屋を経て今日帰ってきました。
越後湯沢~直江津~糸魚川~黒部~富山~金沢~福井~鶴賀~名古屋~東京と、全て列車で回ってきました。
北陸は飛行機での移動がほとんどだったので、列車の旅の良さを再認識しましたよ。
駅弁を食べたり、駅に着くたびに下りて写真を撮ったり、雪景色に見とれたりしながら回ってきました。
金沢のAさんと久方ぶりに会い、色々状況を聞いてきました。
なかなか難しい状況ですが、なんとか好転してほしいものです。
名古屋では、可愛い孫にあいダッコしてきましたが、なんか忘れてしまったみたいでした。もう少し大きくなると覚えてくれるかな?
東京へ戻ると、そこかしこに雪が残っていて驚かされました。金沢には雪がなかったのにねえ。不思議です。また近いうちに訪れるつもりです。

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2008年2月 1日 (金)

月そして太陽

 月のような男がいた。
その男は、太陽と目される男のかたわらで、いつも静かに気配を消して生きていた。
訪れた人たちの誰もが、その男は太陽にとってのナンバー2の位置にいると考えた。
輝く太陽のもとを訪れる人は、徐々に増えていった。

 驚いたことに、太陽の傍らに参画する者が一人増えればその男の地位は一段下がった。
それこそ、一人増えるごとに一段ずつ下がった。
しかし、傍で見て、そのことに男の感情が変化することは一度として感じられなかった。
ただ、あくまでも静かに、そして気配を消して生きていた。

 当初、私はその男を秀吉における秀長とみた。尊氏における直義とみた。毛沢東における周恩来ともみた。
太陽が輝く為の膳立ては、その男が全て賄っていたからである。
私は、劉邦における蕭何の存在を確信した。
後は、張良と韓信を探せば・・・、と考えた。

 太陽の身内はそうは考えなかった。
男を無能と考えたのである。男はその役割を黙々とこなすだけで、自己の主張を口にすることが一度もなかったからである。
一・ニ度だけ、私に語ることがあった。
しかしその内容は、いかにして太陽を輝かせることが出来るかということのみであった。己のことを口にすることはついになかった。
その時、私は男に「月」のイメージを持った。

 「月の男」は、49歳という若さで太陽のもとを去った。
「太陽」は、その存在の大きさに気が付いていたに違いない。
「月の男」が逝ったあとに上梓した書は、「月の男」へのレクイエムそのものであった。

 「月の男」の一周忌が過ぎたころ、太陽の輝きが薄れはじめた。
それから半年・・・。

 いま、別次元で月と太陽は再びめぐり合い、新たな太陽系の創造を練っているに違いない。
陰という要、陽という要。
二つの存在要素の不可思議さ・・・。
私の思考が、今ひとつの基点を認識し、大きな確信を得た。

 月の男の力は見えなかった。
いま初めて知る。あまりにも大きすぎるためその流れさえ認識できなかった、「大きな河」であったことを・・・。
ありがとう、と素直に言えます。貴方と語ることができたことを・・・。

感謝します。太陽の輝きに。
貴方の光で私は今の道を見つけることが出来たのですから・・・。

 今日、師の旅立ちの表情は、とても穏やかでした。
まるで、
待っていた大川師範と楽しげな語り合いをしているような・・・。

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