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2005年11月30日 (水)

氣功と私

 今日から数度に分けて、氣功と私の関わりについて少し書いてみようと思います。最近、あまりにも「幻影」とが「不思議なおじさん」とか書いているので、ここらでそれらについても私がどんな考えを持っているのかをお知らせしておいたほうが、良いと思います。

「疑念しか持たなかった氣功との出会い」                  私が初めて「氣功」なるものに出会ったのは、もう30年近く前になります。筑波大学に留学していた、S君という青年たちと食事をする機会がありました。カタコトの日本語を話す彼らとの、それほど弾まない会話の中で、氣功の話題がでたのです。彼は、8歳のころから「氣功」なるものを修行しているとのことで、私は彼の出す「氣」を受けてみることにしました。その時の感覚は「いわれてみれば・・・そんな気がしないでもない。」という程度で、暖かい、熱のようなものは若干感じましたが、それが多くの病気を治すと言われても、到底納得することはできませんでした。

 生来、私は宗教的「力」や霊魂、UFOといったものにたいしては、かなり猜疑心の強いほうで、非科学的な力や超能力といったものは一切受け入れようとはしませんでした。今となっては、悔いが残ることですが、先祖の墓参りでさえも、それまでほとんど行ったことがなかったほどでした。霊魂やUFOを信じなかったのは、それまで私が一度たりとも自身の眼でその存在を確認したことがなかったからです。

 私は、旦那寺である西方寺の住職に可愛がられ、6,7歳のころから10年近く、夜になるとお寺に行き、様々なことを教えて頂いておりました。お寺の庫裏に行くには、当然のように墓地の脇を通らねばならないのですが、雨の日も、雪の日も、私が墓地に霊などを見ることはなく、いつしかその存在は「ないもの」と決め付けていたのです。

 初めて接した「氣功」も、私には「催眠術の一種かな」という程度の受け止め方しかできませんでした。しかし、今にして思えば必然的邂逅であったかとも思えるのですが、「氣功」の存在は私の記憶に刻み込まれ、それから様々な形で「氣功」と係わり合いを持つようになっていきました。

 そして、私はいつの間にか墓参りをするようになり、UFOの存在も肯定するようになっていました。はい。私は自身の眼で霊魂を見、UFOを確認することができたのです。そして、氣功の世界やこれからお話する「その他の世界」に存在する、不可思議な「力」も知ることができました。

 今、私は、「これは何だろう」から「これをどう科学しようか」というところに居ります。そして、私の体験してきた様々なことが、人間の秘めた可能性を開発する「扉」のひとつとなる可能性に期待しております。

 「氣功」は、いまだ発展途上の行法であるといわれております。そして私もまた途上人であります。これまでの「氣功」との様々な関わりを思い出しながら、さらに努力を加え、この世界から得られる多くの「不思議」を人生の宝としていきたいと思っております。退屈かもしれませんが、これまでの私と氣功の関わりに少しお付き合いください。                                    

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